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昨日のこと。

今日は終戦の日、ということは新聞で知った。びっくりしたんだけど、カレンダーで確認したが日付には書かれていなかった。そんな日。

僕らの世代はほとんど戦争というものを知らない。テレビや書物、資料などを通して間接的に知るだけだ。そしてそこで嫌と言うほど聞かされる。「人と人が殺し合うことは恐ろしい。だから云々…」。んで結局どれだけの奴に伝わっているんだろうか。実際伝え方の問題か?と聞かれればそうじゃない。それじゃ質の問題か?と聞かれてもそうではない。これだけは体験しなければ分からない。現に今、中東で自爆テロが起きようが、大地震が起きようが、死亡者の数値を見て規模を確認する人がいると思う。実際自分もそういう一面がある。

死が身近になってきていないかもしれない。

たまに外国のアーティストが「NO MORE WAR!」ということばを大きく載せたり、または凄惨な写真(not ゴアグラインド)を載せていたりするのを見かける。あれは日本のアーティストがやるのではかなり意味が異なるんじゃないかと考える。彼らの国(例えばDischargeがいるイギリス)では戦争に行く兵隊がいるし、実際に戦死した届けも出る。だからこそ意味があるのかと。だからこそ訴えようとするのかと。

でも考える。「戦争はいけない」って言ってるけど本当にそうだろうか。是認してるわけじゃない。ただ今の世の中争うことばかりかと。商業、受験、スポーツ種目。血や怪我はしないが争う。1番を目指す。勝ち負けがある。もちろん勝った方が嬉しい。「国際戦争とは全然違う」という人もいるけどそうだろうか?優劣をつけたいという根源があるから争う。争うから自身を高めようとする。

そこだけは変わっていないかもしれない。

平和面していられるのはいつまでだろうか。恐らく自分の命より大切な人が危うくなった時に初めて気づくんじゃないだろうか。それはつらい。でも現実。死の上では人類平等だ。でも少なくとも僕は、「死」が怖い。やりたいことがあるから。途中で終わってしまいたくない。しかしこれから争い続けることは変わらない。ずっと争う。

今日の産経新聞の小さな欄に80歳になる人の詩が載っていた。そこに「多くの犠牲の上に今の平和な日々がある」ということばがあった。
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