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過程を知ること。

いつもは堅苦しくて、オチも何言ってんのかよくわからんブログですがたまにはくだらないことでも書こうかなと。「人は何故ダイブするのか?」ということで。

高校生の頃なんかはライブでどれくらいダイブをしたかをステータスにしていた部分もあって。正直恥ずかしいけどそれくらい「自分も何か出来るかもしれない!」ってどっかで思っていたんだと考える。メロコアを聞いた時はダイブ、ハードコアを聞いた時はモッシュと。お金もなかったから1回のライブっていうのがすごいわくわくして、こんなダイブが出来たらな…と考えていたり。

そこで思ったんだけど何故ダイブをするのか?ということ。確かに海外をルーツに持つ文化であり、その盛り上がりの様子を見て多分無意識に海外の客と同じ盛り上がり方をしてしまっているのかもしれないという見方もある。ではその海外の連中というのは何故それをやり始めたかを考えてみたいと思った。たいそれたものではなく、寄り道程度だけど。

ここで疑問に思うのが何故モッシュではないのか?というのもある。これは簡単に説明できる思った。ある一定の緊張感から外れると、そこからもし喜びの感情が沸点に達してすれば触れ合いたくなるんじゃないかと。稚拙な例えだけど、サッカーの勝つかどうかの瀬戸際のPKで勝った時に抱き合っている人を結構見る。テコンドーモッシュとかとはまた違うけど、人と触れ合っているのは事実かと。楽しんでいる状態はおしくらまんじゅうをやりたくなる傾向がある。

じゃあダイブはというと触れ合ってはいるけど沢山触れているわけではない。むしろ下の人は「ライブに来たのに踏み台にされる…!」と思うかもしれない。そこでダイブの状態について考える。ステージからダイブして上でゴロゴロしている状態をこの場合「ダイブ」とする。ステージから客に飛び込むまでの浮遊時間をダイブとは呼ばないとする。もしこれをダイブとするなら飛び降りもダイブとなるかもしれない。あくまでも持論です。

ライブという好きな音楽が流れてとっても興奮している中でやるのがやっぱりダイブということばが一番成り立つんじゃないかと。じゃあ浮遊して触れ合うということを考えた場合、好きな音楽+トランポリンはどうなるんだと考えた。浮かんでるし、ネットと触れ合っている。ダイブっつーかただのトランポリンだわな。ただ機械的な感じ否めない。海飛び込む時はどうだろう?テンションマックスで海にどぼん。海面にも叩きつけられる。ただ下に何かがないということを知った時にものすごい不安感に襲われると思う。

やっぱり人がいてこそダイブという状態が成り立つんじゃないかと。嫌な言い方だけど上の人が自分の力を使うことなく下の人が全部動かしてくれるという意味も取れるんじゃないかと思った。しかし、モッシュを前提にすると飛び込む人は興奮した状態があると思う。興奮しているので冷静というか無意識的に。その場合、誰かに支えられたいんじゃないかと考えた。無意識の部分で浮遊した、投げ出した状態になったとしても支えられていたい頭のどっかでそんなことがあるんじゃないかと。そんな風に結論付けようと思います。

こう思ったのはたまにはダイブしてぇなーと考えていたから。夏は暑いです。

PS また後で考えたのが、ステージから飛び込むまでは自分の意思で行っている。それを受け入れるという人がいることは自分を受け入れてもらいたい!とも考えられる…んじゃないかと。
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